神様、何でも言う事を聞きますから、教えて下さい! 株式会社コバック 代表取締役 小林憲司神様、何でも言う事を聞きますから、教えて下さい! 株式会社コバック 代表取締役 小林憲司

「朝活ノススメ」では毎回、朝の活用達人に成功の秘訣を伺いご紹介いたします。
第2回のゲストは日本最大級の車検専門フランチャイズチェーン店「車検のコバック」を展開する株式会社コバック代表取締役・小林憲司さんにお話を伺いました。品物が介在しない「車検整備のノウハウのFC店」を構築、拡大し続ける手腕をご紹介します。はたしてどんな秘訣があったのでしょう。

Q)FC店の経営という仕事は経営者なら誰しもが憧れるビジネスだと思います。いかなる方法でフランチャイズは出来ていったのでしょう?

小)まず私が父の創業した小林モータースに入社した当時のお話しさせて下さい。
父は昭和34年の8月、24歳の時に小林モータースを創業しました。時代は日本のモータリゼーション盛んな頃で自動車整備は花形産業のひとつでした。
時が経ち、私が入社したのは昭和59年、20歳の時です。自動車整備業も一時のような勢いが無くなり修理から販売へ方向に転換する時代でした。当時、口の悪い同業者からは「やんちゃ息子が2代目になり小林モータースはだめになる」なんて言われていました(笑)。

Q)どんな、やんちゃぶりだったのですか?

小)いや〜っ、それは言えませんよ。倫理的ではないですから(爆笑)。
私が入社したからではなく、会社にはいろいろな問題が噴出していました。お客様とのトラブルが頻繁に起きたり、社員が続々とやめたりと日々が悩みの連続でした。

Q)何か対策は?

小)自分の出来る事。「お客様を増やそう」と車検をしてくれるよう知人へお願いをしたり、見知らぬところへの飛び込み営業を始めましたが全敗状態。
そこで次に、お客様とのトラブルの原因は車検料金がわかりにくい上、対応がいい加減であることに気づき、車検料金を明示したチラシ配布を行う事にしました。今でこそ料金の明示なんて当たり前でしょうが、当時業界は価格をクローズしていました。それを表に出したものですから、同業者から抜け駆けしたと随分たたかれました。

Q)明示はいいですね! それで好転したのですね?

小)これが全くだめ!もう、どうしたら良いか解らなくなり、思いあまって会社にあった神棚に一心にお願いしました。「神様、どうか車検の仕事が舞い込みますように!」と。3ヶ月くらいそればかり。しかし何も変わりませんでした。でも、ひとつ、神の啓示なのか、気づきがありました。「神様に身勝手なお願い事をしても何も変わらないのだ」と。
そこで、『神様、何でも言う事を聞きますから、教えて下さい!』と願掛けを変えたのです。もちろん、それでも神様は何も教えてくれないわけですが、またまた、気づいてしまいました。『神様ってお客様だよな!』と。

Q)『お客様、何でも言う事を聞きますから、教えて下さい!』ですね!!

小)ピンポン♪ どうしたらうちで車検をうけてくれるのか、100人の方に聞いて回り、出て来た答えが『品質・サービス・清潔感。それをいくらで売るか』。パッと光が射し、売れる気がしてきたのです。
昭和62年、24歳の時に「お客様の満足のみ」を考える車検CI「車検センター新豊田」をオープンさせました。小林モータースからの変化を嫌い父は「責任は取らないからな!」と猛反対でしたが、とことん話し合い開店に至ったのです。

Q)こんどこそ、上手くいきました……よね!

小)おかげさまで! 「車検センター新豊田」は3年で400台から2800台の急成長をとげました。そして評判を聞きつけ全国の車検工場から見学に来るようになったのです。中には1週間もホテルに泊まり見学された方もいましたが、当時、殿様商売気分が抜けない同業者にとって私の商売は理解出来なかったようです。そんな事もきっかけとなり26歳で車検のFC店を作ろうと決意しました。
20歳の頃、それまで勉強せずにいたのでひたすら本を読みました。その中で特に傾倒したのが日本マクドナルドの藤田田さんでした。マクドナルドが世界一の外食チェーンを築かれたあこがれもあったのだと思います。

Q)26歳でFC店を作ろうと考える発想がすごすぎますね!!

小)FC店で全国展開するということは全国の整備工場を敵に回すということです。怖いもの知らずな26歳だから始められたのだと思います。しかも通常のFC店はモノを流通させるのですが、車検のFC店となるとモノがない。あるのは「お客様中心商売というノウハウ」だけ。いろいろなFCコンサルタントさんにご指導いただき第1号店にこぎ着けました。
最初はFC店の基本に合わせ、加盟時に300万円。ロイヤリティ5%で始めたのですが、広がらない。そこで基本に立ち返り「加盟店にも喜んでもらえるFCにしよう」と、2号店よりロイヤリティ無し、月会費5万円のみ。それが功を奏してお店が順調に増えていきました。

Q)倫理法人会入会のきっかけは何だったのでしょう?

小)豊田市倫理法人会が出来るということで42歳の時、当時、豊田市倫理法人会・山中敦子会長に副会長としてスカウト(?)されました。入会当初は堅苦しさを感じ、もっとラフなら良いのにと思っていたのですが、勉強するにつけ「この教えは20代に悪戦苦闘していたことの目に見えない答じゃないか」と気づいたのです。
またある時、加盟店の親子問題を倫理法人会の高木繁行参与に相談したことがありました。「親というものは子供に対して損得を考えずに愛情を与えるもの。どんな親にも子への愛情がある」との教えをいただき、ふと我に返りました。自分にも20年来、父との商売上での確執という悩み事がありました。殿様商売が抜けきらない父が理解出来なかった。しかし、その考えに触れ、自らの態度を変えたのです。父の話に耳を傾け何でも「はい」と。最初はいぶかしい表情の父でしたが、2008年4月の入社式の時に言ってくれた言葉が今でも忘れられません。「私は息子に感謝している!」と。

Q)小林さんにとって倫理法人会とは何でしょう?

小)20代、ここでは伝えられない程の痛い思いをしながら事業を続けてきて、42歳ではじめて倫理法人会に入り、全ての人々の悩みの解決策は全てここにあることを知りました。倫理法人会には経営に関する原理原則が堂々と示されている。踏み外せば会社は倒産の憂き目に遭う。
私の場合、これまでの道程の中で、倫理の原理原則の一部を、失敗という痛い想いをしながら気づけてこれたことは幸運で奇跡であるとしかいいようがないと思っています。だから、声を大きくしてお伝えしたい。

「倫理法人会の会員から誘いがあったらチャンスだと思って欲しい。人生最後のチャンスと騙されたと思って学んでみて下さい。週に1回のモーニングセミナーでは寝てても良いから! 第一歩を踏み出して参加してみてください。新しい理想の扉が開けます」

奇しくも父の創業時と同じ24歳で自らのビジネスを立ち上げた小林さん。
座右の銘は『夢は実現する』『信ずれば成る』。強い信念を持ち続け、熱く語るその姿に困難に打ち勝って来た強い経営者の姿を見ました。

最後に成功の秘訣を伺いました。
そりゃ、朝起きでしょう。幸福や成功の基本中の基本、まずはここから。先手先手で好循環になります!

(インタビュー:愛知県倫理法人会 広報委員長 石川雅之 / 副委員長 中村 剛)

▲ページの最上段へ